Trekker空間バーコーディングをIllumina Single Cell 3' RNA Prepワークフローに組み込むことで、マウス脳およびヒト乳がんサンプルの両方から高品質な空間トランスクリプトミクスデータが得られました。遺伝子発現ライブラリーの性能指標(図3A)は、優れたシーケンス品質と高いライブラリー複雑性を示しており、遺伝子およびUMIの検出性能が高く、有効な核に割り当てられたリードの割合も高い結果となりました。これらの結果から、空間バーコーディングはライブラリー品質に悪影響を及ぼさないことが示されました。
さらに、Trekkerの導入が転写プロファイルに与える影響を評価するため、次元削減解析を実施しました。その結果、空間タグ付けの有無にかかわらず作製されたデータセット間で高い一致性が認められ、UMAP上でも細胞集団が重なって分布することが確認されました(図3B)。これと一致して、擬似バルク遺伝子発現解析においても両条件間で高い相関が認められました(図3C)。この結果は、空間タグ付け後も本来の転写プロファイルが保持されており、細胞種の識別精度も維持されていることを示しています。
また、他社の空間解析システムとTrekkerを組み込んだライブラリー調製プラットフォームとの比較解析を行ったところ、Trekker技術は非常に高い感度を示し、他社システムと比較して細胞当たりの遺伝子数およびUMI数を有意に多く検出しました(図3D)。このような高感度なシングルセル解析により、研究者はより詳細な空間解析を実施できるようになり、新たな発見の可能性の向上、より信頼性の高い知見の取得、および偽陰性の低減が期待されます。
本ワークフローでは高スループットな核回収も実現されており、サンプル当たり多数の核を回収できました(図3E)。これにより、複雑な組織に対する大規模な空間解析にも対応可能であることが示されました。
図3.Trekker導入後も遺伝子発現品質を維持し、高スループットな核回収を実現
Panel A. Trekker統合ワークフローで得られた遺伝子発現ライブラリー品質指標の要約。高いライブラリー複雑性と優れたシーケンス性能を示しています。
Panels B-C. Trekker空間バーコーディングの有無による遺伝子発現プロファイルの比較。擬似バルク遺伝子発現解析(Panel C)では両条件間で高い相関が認められ、UMAPの重ね合わせ解析(Panel B)でも細胞集団が重なって分布していることから、Trekkerタグ付け後も細胞アイデンティティーが維持されていることを示しています。
Panel D. Trekker/Illuminaデータと他社空間解析システムの公開データとの比較。細胞当たりの遺伝子数およびUMI数を示しており、Trekker統合ワークフローが高い検出感度を示すことが分かります。ヒト乳がん組織においても同様の結果が得られました(データ未掲載)。
Panel E. 核回収数の概要。各サンプルにおける単離核数、シングルセル捕捉へ投入した核数、RNA-Seqで回収された核数、および空間座標を付与できた核数を示しています。専用装置不要のTrekkerワークフローにより、高スループットな核回収が可能であることを示しています。
※MB:mouse brain(マウス脳)
本ワークフローをマウス脳およびヒト乳がん組織に適用した結果、主要な細胞種を明瞭に識別するとともに、組織構造を保持したまま解析することができました。再構築した空間マップ(図4A、C)および対応するUMAP解析結果(図4B、D)から、両データセットにおいて異なる細胞集団が明確に識別され、生物学的に意味のある組織構造として配置されていることが示されました。
これらの結果は、さまざまな組織においても、細胞種ごとの空間的な配置が維持された状態で解析できることを示しています。
図4.マウス脳およびヒト乳がんにおける細胞種特異的な空間配置の保持
専用装置不要のTrekker空間トランスクリプトミクス解析ワークフローを用いて解析したマウス脳核の再構築空間マップ(Panel A)およびUMAP埋め込み図(Panel B)を示します。各細胞は細胞種アノテーションに基づいて色分けされています。代表的な脳細胞集団が明瞭に識別され、期待される空間配置が維持されていることが確認されました。また、ヒト乳がん組織由来核の再構築空間マップ(Panel C)およびUMAP埋め込み図(Panel D)を示します。こちらも細胞種アノテーションに基づいて色分けされています。腫瘍細胞、間質細胞および免疫細胞集団が高い再現性で検出され、腫瘍微小環境内においてそれぞれ特徴的な空間配置を示しました。
※DC=dendritic cells(樹状細胞)
各核に付与された拡散型空間バーコード情報を集約し、その重心座標を算出することで空間座標を再構築しました(図2)。この手法により、イメージングやマイクロ流体デバイスを用いることなく、高精度な空間位置推定が可能となりました。マウス脳では、再構築された空間配置が既知の解剖学的構造と高い一致を示しました。具体的には、内側手綱核(medial habenula)や海馬CA1領域など、期待される領域に核が正しく割り当てられました(図5A)。さらに、位置推定精度を定量的に評価した結果、再構築された構造と参照解剖学的構造との間に高い一致性が認められました。また、核ごとの空間的位置のずれも小さく、高い位置再構築精度が確認されました(図5B)。
図5.専用装置不要の空間トランスクリプトミクス解析ワークフローによる海馬CA1領域の高精度な空間位置再構築
Panel A. 内側手綱核(medial habenula、上段)および海馬CA1細胞集団(下段)の空間分布図を示しています。遺伝子発現情報のみに基づいて同定された細胞のうち、期待される空間的位置に存在した細胞の割合を、各プロット右上に表示しています。
Panel B. 海馬CA1領域における空間位置推定精度の評価結果を示しています。左図は、組織学的アノテーションから得られたCA1核の位置(青)と、Trekkerによる空間再構築から得られた位置(赤)について、一般化加法モデル(GAM)によるスプライン近似曲線を比較したものです。両者の層構造の曲率は高い一致を示しており、Trekkerによる空間再構築が組織構造を忠実に再現していることが分かります。
右図は、再構築された核の位置と参照となるCA1曲線との間の直交距離の分布を示しています。核ごとの空間的位置のずれは小さく、全体として一貫して高い位置推定精度が得られていることを示しています。
最後に、本ワークフローにより、複雑な組織においても低発現かつ空間的に局在した転写産物を高感度に検出できることが示されました。ヒト乳がんサンプルにおける空間発現マッピングでは、主要な腫瘍関連遺伝子、免疫関連遺伝子、および細胞系譜関連遺伝子が、それぞれ特徴的な空間局在パターンを示すことが明らかになりました(図6A)。また、これらのデータを用いることで、組織内に存在する異なる多細胞ニッチを同定することができました(図6B)。さらに、それぞれのニッチを構成する細胞種の特徴を明らかにすることもできました(図6C)。
これらの解析により、腫瘍微小環境における細胞集団の空間的な組織化や相互作用について、より深い知見が得られました。
図6.低発現の腫瘍関連および免疫関連転写産物の空間解析により明らかになった、ヒト乳がん組織における特徴的な細胞ニッチ
Panel A. 新鮮凍結ヒト乳がん組織切片における、代表的な腫瘍関連遺伝子、免疫関連遺伝子および細胞系譜関連遺伝子の空間発現マップを示しています。ESR1、CD3D、MKI67、ERBB2、CD8A、CD4、および転写因子GATA3を含む低発現かつ空間的に局在した転写産物を高感度に検出できており、それぞれが特徴的な空間局在パターンを示しています。一方、上皮構造はKRT8の発現によって明瞭に可視化されています。
Panel B. 近傍細胞情報に基づくニッチ解析によって作成した空間ニッチマップを示しています。腫瘍組織およびその周辺の間質組織に存在する、それぞれ異なる多細胞微小環境(ニッチ)が可視化されています。
Panel C. Panel Bで同定した各空間ニッチの細胞種構成比を示しています。その結果、特定の腫瘍細胞集団、免疫細胞集団、および間質細胞集団が、それぞれ特定の微小環境内に集積していることが明らかとなりました。